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女子相撲と偏見


女子相撲はアマチュアスポーツの一競技だが、Wikipediaの「女子相撲」の脚注には次のようにある。

『相撲』2014年2月号108頁から110頁の記述には立命館大学相撲部女子部員の山中未久の証言が掲載されており、概して「高校時代には相撲をやっていることを話すと嫌な顔をされた。(後略)

 

なぜ嫌な顔をされたのか?

 

女性が相撲を取る、ということについての文献上の最古の記述は、恐らく『日本書紀』の雄略天皇13年9月の記述である。原文が漢文なので概要だけ書くと、「自らの腕に奢る猪名部という木工職人がいた。曰く、いかなる状況でも失敗などないと豪語するので、それならばと帝は、猪名部の目に付くところで女官2人を褌一丁にして相撲を取らせた。それが目に入った名工・猪名部は案の定手元が狂い、それ見たことかと帝は彼を処刑しようとした…」というもの。
ここでの女性に相撲を取らせることの目的は、名工の手元を狂わせるため。性的な意味での目くらましを女官による相撲に期待したのである。よりによって『日本書紀』の記述でのこの扱いで、女性が相撲を取ることの方向性は決まった。

その後、記録として残る女性による相撲は江戸時代以降の風俗史の中でしか見ることができない。
興業が行われていた、という点では男性のみによって執り行われていた大相撲と何ら変わりないが、大相撲の方は神事と結びつけつつ(女性が土俵に上がれないとするのはここに根拠がある)、実力のある力士は大名の庇護を受けるなど公的な支持を取り付けたのに対して、女性が取る相撲は目の不自由な人と取らせてみたり、女性同士で取らせてみたりするなど、「見世物」としての域を超える物ではなかった。
もっとも、これは興業としてのいわゆる「女相撲」などの話であって、各地方に古くからあるそれこそ土着の信仰や神事と結びつく「女相撲」とは別物とみなさなければならないのはいうまでもない。

そうした見世物としての興業はしばしば幕府の咎めを受けることになる。しかし興業としては明治期になっても受け継がれ、そのころにはすでに、相撲を見せるというよりは数々の芸を披露するようなものも少なくなかったとされる。昭和30年ころまでこの種の興業は存在していたとされるが、一部風俗に関する厳しい目や興業そのものが飽きられるなどの理由で、大々的な興業といったものは自然消滅を見る。

 

こういった歴史と背景を持つために、「女相撲」と捉えた際に、アマチュア相撲関係者でもない限り、常識の範疇で「女相撲=見世物」の図式が容易に成立してしまう現状がいまだにあるといえる。そして21世紀になり、女子相撲連盟がそろそろ20年を迎えようとしているのにもかかわらず、その誤解は解けきれないままなのである。

 


そして、これも厄介なことの一つであるが、大相撲における禁則事項「女性は土俵に上がれない」というポリシーもまた、「女子相撲」に対する印象に大きな影響を与えている。

まず、女子相撲はアマチュア相撲のカテゴリに含まれており、アマチュア相撲は日本相撲協会とは別個の団体である。したがって、大相撲の禁則事項に従う必要は一切ないことは大前提である。

女子相撲は、大相撲の日本相撲協会所管の国技館の土俵には上がらない。これは、別団体としての日本相撲協会の方針を尊重しているからである。その代わり、アマチュアの試合で使われる土俵には普通に上がる。アマチュア相撲の「聖地」として知られる大阪・堺大浜公園の相撲場は一時期、全日本女子相撲選手権大会が長らく開催されていたくらいである。

女子が土俵に上がることへの批判は、大相撲における土俵というものに限定して語られるのが筋である。大相撲の立ち位置は見ての通り神事に基づいた儀式を中心に競技も行われる。仮に大相撲が競技だけを行うような純粋なプロスポーツだというのであれば、土俵祭りなどをわざわざ行ったりする必要もないし、審判もあんな重そうな装束を着こむ必要もないし、現時点での最強選手に舞いを舞わせたりする必要もないのである。ここから見えてくるのは、大相撲は現代的な観点から見てプロスポーツとみなすことは可能だけれども、同時に江戸時代から続く伝統を背負う方針を大相撲の主体である相撲協会が決定しているので、伝統芸能の側面を大いに持っているということなのである。だから、女子相撲が国技館の土俵だけは絶対に使わないわけだが、その理由は大相撲の持つ「伝統的な側面」に配慮しているからというただそれだけなのである。

ただ、そのような事情がアマチュア相撲と大相撲をひとくくりに「相撲」としてみてしまう方々に汲み取っていただけるはずもなく、結果として「女子相撲」とくれば「なぜ女性なのに土俵に上がるのか」という疑問から「女性のくせに相撲を取るなんて」という偏見に変わり、前述の「女相撲」が見世物だった歴史と相まって、その結果、「女子相撲」を取ることが分かると嫌な顔をされたりするのである。日本の相撲というものになまじ歴史と伝統、および俗説が数多くあるための悲劇なのである。

 


ただし、大規模興業による見世物としての女相撲は既に滅び、そのルールの単純さなどから世界からまず浸透しつつある「格闘技」として認知されつつあるのも事実である。

 

五輪化は難しいかもしれないが、すでにワールドゲームズも存在する世界的なスポーツとして認知されている。若いうちに一度は世界を見てみたい、という人にとっては最も熱い競技の一つである。

 

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